■うつ病の神経症化

 

 うつ病は人生で最も苦しい体験の一つである.このことによって,これまでの自分自身の世界観が変わってしまう患者がいる.そして,本来ならば短期間で改善するはずのうつ状態が遷延したり,「うつ」あるいは「抑うつ」でなく,「不安」にとらわれてしまい,それまでの生活に不適応となってゆく.これは「うつ病の神経症化」と呼ばれる状態である.ただし,これは一回の横断的診察では鑑別が難しい.何回にもわたる「縦断的診察」や心理テスト,家族からの情報によって確定してゆくことになる.また,一人の患者の中にうつ病と神経症的訴えが混合している場合もあるし,時間によって入れ代わることもある.

 

  このためうつ病と神経症の二分割 dichotomyは非常に難しい.しかし,それぞれの診断によって治療方針は異なる.すなわち,うつ病ならば薬物療法と休息・安静を,神経症ならば精神療法(カウンセリング・行動療法・森田療法・家族療法)と規則正しい生活を指導することになる.

 

〇ノエシス Noesis と ノエマ Noema

 フッサール現象学の用語.ノエシスとは対象を志向し,これに意味を付与する意識体験をいう.具体的には知覚,想起,判断,願望などである. 意識されている意味内容そのものがノエマNoema であり,ノエシスは必ずノエマをともなう.「うつ病であること」 と 「うつ病を悩むこと」とは違う.臨床で問題となるのは,これが混合して患者から訴えられることである.この場合,「うつ病であること」は,すなわちノエマであり,「うつ病を悩む」ことがノエシスである.

 

 ■神経症者は自分のことしか考えない(加藤).

 ■神経症者は「 この症状さえ治れば私の生活は満点です」 と言う(大原).

 

疾病利得

 

  神経症やヒステリーは疾病への逃避 flight into diseaseという側面がある.内的葛藤や不安が症状に転換されるために,患者は葛藤を直接悩まなくても済むようになる.すなわち無意識的心理的満足や精神的安定が得られるが,これを一次疾病利得という.さらに患者は症状を示すことにより,周囲の人々の同情を集め,手厚い看護を受け,責任を免れることができ,補償や愛情を得られるなど,種々の条件を有利に運ぶことができるという結果になるが,これを二次疾病利得という.このことのため,症状は環境による影響が強く,人前で起こり,人目を引く方向に強調される.

 

 神経症の治療は,薬物療法を棚上げし,精神療法・環境調整・家族療法などが必要となる

 

〇神経症化した患者の家族療法

 

 家族が患者を退行させていないか? 患者に子供の役割を強いていないか? 家族が親的な役割を強めすぎていないか? を検証してゆく.

 

 悪い習慣:患者は世話焼かせが生活の基本となっている.これに対応して,家族は患者の自立・自律性を奪い,世話を焼き過ぎ,振り回される事が生活の基本になっている.これは巻き込む人(患者)と巻き込まれる人(家族)の関係である.

 

 ■いくら家族でも相手の行動を変えることは不可能である(過去と他人は変えられない)