■境界性パーソナリティ障害(境界例)とは?

 境界性パーソナリティ障害(以下,BPD)の概念は,アメリカ精神医学会による『精神障害の診断と統計の手引き第3版DSM-Ⅲ』に採用され記載された.これは,この概念が一部の学派においてだけではなく,広く承認されたことを示す出来事であった.ここに至るまで,つまり,統合失調症とも神経症とも判別しがたい「境界圈の臨床群」が着目されはじめ,現在のDSMに見られるBPD概念に結実するまでには,数十年にわたる議論の経緯がある.

・DSMのBPD概念

1)パーソナリティ障害の全般的基準  

 BPDと診断される際には,パーソナリティ障害の全般的基準を満たすことが前提となっている.それは次の通りである.

①自己や他者や出来事についての認知,②感情性,③対人関係機能,④衝動のコントロールの4つの領域のうち2つ以上の領域で,内的体験様式と行動様式が,持続的に明らかに偏っていること.この持続的様式は,硬直的で,状況特異的でなく,幅広く見られること.このような体験や行動様式の偏りが,強い苦痛を引き起こし,職業など社会における機能性を阻害していること.体験・行動様式の偏りは,遅くとも青年期か成人期早期から始まり,長期にわたっていること.こうした特徴が,他の精神疾患によるものでなく,また薬物や身体疾患(脳腫瘍や頭部外傷等)の作用によるものでもないこと,である.なお,18歳以下にパーソナリティ障害と診断を下す際には,少なくともその状態が1年間以上持続している必要があるとされている.

2)BPDの診断の基準 

 DSM-Ⅳ-TR のBPDの診断基準については,表に示した9つの項目のうち,5つ以上該当するとBPDとされる.これらの項目は,①対人関係,②自己同一性,③衝動コントロール,④感情,⑤認知の5つの領域に分けることができる.

①対人関係 

BPDは,対人関係に際たった特徴があり,表1では,(1)と(2)の項目で示されている.(1)見捨てられ不安:BPDを持つ人は,現実であれ想像上のものであれ,人から見捨てられることを懸命に避けようとする.依存できる対人関係を強く求め,相手の感情に敏感で,別離の予感に激しい不安や恐怖を覚える.見捨てられることへの恐怖は,1人でいることへの耐えられなさと言いかえることができ,別離や関係の破局によって見捨てられたと感じられる状況になると,BPDの人は極度の落ち込みを示す.1人でいることや見捨てられるのを回避しようとすることが,他者を操作していると見なされることにつながる.

(2)不安定な対人関係:BPDを捨つ人は,激しくそして不安定な対人関係の持ち方をする.ほんの1~2回会っただけの相手を極端に理想化し,自分と長い時間ともに過ごすことを求め,かかわりが始まったばかりなのに非常に個人的なことを打ち明けて分かち合おうとする.しかし,そうした自分のニーズを相手が満たしてくれないことが明らかになると,一転して,その相手を極端にこきおろす.同じ他者への見方が突然かつ極端に変化するのである.この特徴は,スプリッティングという内的な防衛機制が実際の対人関係へ反映されたものである.

②自己同一性

BPDは自己同一性の問題を持つが,これは基準項目

(3)で示されている.(3)同一性障害:BPDを捨つ人は,自己像や自己感が明らかに安定していない.職業選択や価値観,性役割の自己認識,趣味,交友相手のタイプについて,好みが突然変化することがある. BPDは自己のことを悪と感じている傾向が根強く,他者からの心理的支えが得られていないと感じとると,こうした感覚が表面化し,自己を非常に否定的にとらえ自己嫌悪が強くなったり,「自分がない」と感じたりする.自己に対する評価や感覚の振幅が激しいのである.        

  表 1 DSM-IV-TRの境界性人格障害の診断基準

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  対人関係,自己像,感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で,成人期早期まで

に始まり,種々の状況で明らかになる.以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される.

 (1)現実に,または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力

  (2)理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる,不安定で激 しい対人関係様式

 (3)同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感

 (4)自己を傷つける可能性のある衝動性で,少なくとも2つの領誠にわたるもの(例:浪費,性行為,物質乱用,無謀な運転,むちゃ食い)

 (5)自殺の行動,そぶり,脅し,または自傷行為の繰り返し

 (6)顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2~3時間持続し,2~3日以上持続することはまれな,エピソード的に起こる強い不快気分,いらいら,または不安)

 (7)慢性的な空虚感

 (8)不適切で激しい怒り,または怒りの制御の困難(例:しばしば癇癪を起こす,いつでも怒っている,取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)

 (9)一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状

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③衝動コントロール

 BPDは衝動コントロールの問題が目立つが,これは基準項目(4)と(5)で示されている.

(4)衝動性:BPDを持つ人は,しばしば,過剰な買い物や浪費,万引き,過食,ギャンブル,危険な運転などの衝動的行動をとる.また,アルコールなどの薬物や,性行為などへの嗜癖もよく見られる. 

(5)自己破壊的行為:BPDの人は,自殺のそぶりや脅し,自傷行為を繰り返す傾向がある.リストカットや,薬物の多量摂取などで示される.こうした行為は,情緒的に重要な相手との別離や,拒絶されたと感じたことが契機となりやすい.自傷行為の間は,解離していることが多い.自殺のそぶりや脅しは,他者からの関心や助けを得ようとする意図があると思われる場合が多いが,BPDの人のうち数パーセントが自殺を完遂してしまう.

④感情

 BPDは感情について特徴があるが,これは基準項目(6)(7)(8)で示されている.

(6)感情の不安定:BPDは,明らかに激しい,反応性の気分変動を示す.それは,一時的な激しい不快気分,いら立ちや不安であり,通常は数時間にとどまる. 

(7)空虚感BPDの人は,慢性的な空虚感を抱えていることがある.何かに対して持続的に取り組み手応えを感じとるなど満ち足りた感覚を内的に維持できず,つまらない感じや自分が空っぽな感じ,自分に何かが欠けているという感じを訴える.これは自己同一性の障害と関連する感情である.

(8)怒りBPDの人は激しい怒りを示し,怒りの感情の表現をコントロールするのが困難である.これは人を傷つけるような激しい態度と言葉を発するなどの現れ方をする.こうしたことのきっかけは他者が自分を理解してくれないあるいは冷たくなったなどといった対人関係での体験である.激しい怒りの表出は,その後の恥ずかしさや相手にすまないという感情につながり,結局,根底にある自分が悪い存在であるという感覚を再認識することに結びつくことになる.

⑤認知

  認知については基準項目(9)で示されている. 

(9)一過的認知障害:BPDの人は,激しいストレス下にあるとき,妄想様の観念や,離人感と非現実感などの解離を呈することがあるが,これは一過的なものである.これは重要な人物の喪失や別離と関連して起こる.